広島高等裁判所 昭和23年(ツ)2号 判決 1948年7月21日
上告人 被告・控訴人 福田靜子 福田芳太郎
訴訟代理人 香山親雅
被上告人 原告・被控訴人 川口増二
主文
本件上告はこれを棄却する
上告費用は上告人の負擔とする
理由
本件上告理由は上告代理人の提出した末尾添付の上告理由書副本に記載してある通りであるからこれに對し次の通り判斷をする
上告理由第四點及第五點に對する判斷
しかし一筆の土地は、客観的に確定している一定の境界線によつて圍繞せられた地域であつて、これに一定の地番號を附してその同一認識標準とし、これが登記は該地番號を表示してなされるのであるから、登記簿上のある地番の土地の範圍従つてその境界線は、本來客觀的に定まつている筋合である。それゆえ、ある地番號の一筆の土地の所有權移轉登記の効力の及ぶ範圍もまた右の客觀的に定まつている境界線によつて圍まれた地域の範圍に限られ、たとえ當該地番號の土地の賣買に當り當事者が任意に右地番號の地域の範圍を越えて他の地番號の土地の一部を當該地番號の地域の範圍であると指示して賣買しても、當該地番號の所有權移轉登記の効力はその範圍を越えた地域に及ぶものでないと解するのが相當である。今本件において見るに、原審もまた右と同一見解の下に上告理由第一點に對する判斷において示した如く、本件當事者が各別に取得した各地番號の土地の本來客觀的に存在している境界線を判示の如く適法に確定し該地番號の土地の所有權移轉登記の及ぶ範圍は該境界線により自から限定せられ、これを越えた部分に及ばない旨を説示しさらに進んで係爭地域(物見峠山道に稽古の谷溪流との中間區域)は本来五百一番乃至五百三番の地番號の土地の部分に屬し四百十六番四百十七番の土地の部分に屬しないことを適法に確定し被上告人は係爭地域を包含せる土地を五百一番乃至五百三番の土地であるとして買受けその旨の所有權移轉登記を受けたものであるから、たとえ上告人靜子がこの部分を被上告人より先に四百十六番四百十七番の土地であるとして買受け、その旨の登記を經由しても、同上告人の所有權取得登記の効力は係爭地域に及ばないのに反し、被上告人の所有權取得の登記の効力は同地域に及ぶからその効力を上告人等に對抗し得る趣旨の認定したものであることは判文を通讀するにより看取できる。そしてその認定は前段の説明に依り正當である。所論はこれと反對の見解に立ち原判決を非難するに歸し採用し難い。
同第六點に對する判斷
民法第百七十七條の規定は第三者の利益を保護するの趣旨にいでたのであるから、第三者が同條の保護を受けんとするには同條所定の對抗要件の欠缺を主張することを要するは所論の通りであるが、右對抗要件欠缺の主張は必ずしも明示である必要はない。被上告人において上告人等主張の所有權取得と相容れざる事實である係爭地域は自己が買受け且所有權移轉登記を完了したものであるとの主張したことは、原判文上これを看取し得るから、被上告人は右對抗要件の欠缺を暗黙に主張しているものと解するのが相當である。論旨は採用できぬ。(その他の判決理由は省略する。)
よつて本件上告は理由ないものと認め民事訴訟法第四百一條第九十五條第八十九條により主文の如く判決する。
(裁判長判事 小山慶作 判事 横山正忠 判事 和田邦康)
代理人香山親雅上告理由
第四點 原審確定事實ニ依レハ上告人靜子ハ本件係爭部分ノ山林ノ其ノ所有權取得登記ヲ為シ居ラサルニ反シ被上告人ハ該部分ニ付其ノ所有權取得登記ヲ為シ居ルヲ以テ上告人静子ハ右所有權取得ヲ所謂第三者ナル被上告人ニ對抗スルコトヲ得スト謂フニアリ然レトモ上告人靜子カ訴外内田寛ノ代理人ヨリ本件四百十六番四百十七番ノ二筆ノ山林ヲ買受クルニ當リテハ其ノ直前公簿上ノ地番ニ重キヲ置クコトナク現地ニ就キ特ニ買受クヘキ地域ノ指示ヲ受ケ該地域カ賣買ノ地番ニ該當スルモノトシテ買受ケタルモノナリ而シテ上告人靜子ハ右四百十六番四百十七番ノ山林ニ付昭和三年十二月二十日其ノ所有權取得登記ヲ被上告人カ本件五百一番乃至五百三番ノ三筆ノ山林ニ付其ノ所有權取得登記以前ニ完了セリ従ツテ之カ所有權取得ヲ所謂第三者ナル被上告人ニ對抗シ得ルモノト謂ハサルヘカラス今假リニ百歩ヲ讓リテ考フルモ右四百十六番四百十七番ノ二筆ノ山林及ヒ右五百一番乃至五百三番ノ山林ハ其ノ全部ヲ訴外内田寛カ所有セシモノナルカ同人ノ代理人カ先ツ上告人靜子ニ對シ右四百十六番四百十七番の二筆ノ山林ノ地域ヲ現地ニ就キ指示セシモノナルニ付此時ニ於テ右四百十六番四百十七番ノ二筆ノ山林ノ地域ハ確定セルモノト斷セサルヘカラス而モ上告人靜子ハ本件ニ於テ右指示ヲ受ケタル範圍ヲ右四百十六番四百十七番ノ二筆ノ山林ノ範圍ト主張セルノミナラス原審ニ於テモ之カ事實ヲ肯認セルモノナリ斯ル斷定主張認定ハ之レ方ニ吾人ノ實驗則ニ合致セルモノト謂ハサルヘカラス然リ而シテ上告人靜子ハ右四百十六番四百十七番ノ二筆ノ山林ニ付被上告人カ右五百一番乃至五百三番ノ三筆ノ山林ニ付其ノ所有權取得登記(昭和四年七月十七日)以前ナル昭和三年十二月二十日其ノ所有權取得登記ヲ完了セルモノナリ従ツテ之カ所有權取得ヲ所謂第三者ナル被上告人ニ對抗シ得ルモノト謂ハサルヘカラス然ルニ原審判決ニ於テハ右ノ點ニ付何等ノ言及ヲ為サス之レ亦漫然放置シ去リタルハ民事訴訟法第三百九十五條第一項第六號前段ニ該當スル違背アルモノト謂ハサルヘカラス
第五點 原審確定事實ニ依レハ本件係爭部分ノ山林ハ訴外内田寛ノ代理人カ上告人靜子ニ對シ昭和三年十二月十九日賣渡シ其ノ後右寛ノ代理人カ被上告人ニ對シ昭和四年六月十三日再ヒ賣渡シタルモノニシテ之カ兩賣買ハ公簿上ノ地番ニ重キヲ置クコトナク現地ニ就キ特ニ賣買セラルヘキ地域ヲ指示シ該地域カ賣買ノ地番ニ該當スルモノトシテ賣買セラレタルモノナリトアリ此ノ原審確定事實ニ依レハ公簿上ノ地番ノ範圍如何ニ拘ラス特ニ右指示セラレタル範圍ノ山林ノ所有權買主ニ移轉スルモノト謂フヘク而カモ公簿上ノ地番ノ範圍ト該地番ニ該當スルモノトシテ實地ニ就キ指示セラレタル地域トハ必スシモ一致スルモノニ非サルコト吾人ノ實驗則ニ照シ明白ナルヲ以テ地番ノ範圍ヲ明確ニシタレハトテ之ニ依リ該賣買ニ因リ所有權移轉スヘキ山林ノ範圍確定セラルルモノト做スヘキニ非ス然ルニ原審ニ於テハ所有權取得登記ノ効力ノ及フ範圍ハ登記セラレタル地番ノ公簿上ノ區域ニ他ナラサル旨判示セリ斯クノ如キハ之レ方ニ民事訴訟法第三百九十五條第一項第六號後段ニ該當スル違背アリト謂ハサルヘカラス
第六點 民法第百七十七條ノ規定ハ第三者ノ利益ヲ保護スルノ趣旨ニ出テタルモノナレハ第三者ニ於テ同條ノ保護ヲ受ケントスルニハ同條所定ノ對抗要件ノ欠缺ヲ主張スルコトヲ要スルモノトス被上告人カ斯ル主張ヲ為シタルコトハ原審確定事實中ニ其ノ形跡ナシ然ルニモ拘ラス本件係爭部分ノ山林ニ付上告人靜子ハ被上告人ニ對スル其ノ對抗要件ヲ欠缺スルモノト判定セシハ之レ方ニ右法條ヲ誤解セルモノト謂ハサルヘカラス(大審院判決録二十四輯二一七八頁大審院判決抄録八一卷一九〇二一頁大審院民事判例要旨類纂一三七頁御参照)(その他の上告論旨は省略する。)